北ケニア地域は、国家形成の過程で辺境化されてきた歴史をもち、また、つよく乾燥しており旱魃が頻発する土地生産性が低い地域です。この地域に居住する人びとは、家畜を媒介にして利用可能なエネルギーを獲得する遊牧に依存してきました。これまで遊牧という生業は高い移動性の維持と相互扶助のネットワークによって維持されてきました。しかしながら、市場経済への統合、学校教育の普及、国家の司法・立法・行政システムへの包摂、開発計画の実施といった外部からの影響を受けるなかで、北ケニア牧畜社会の生業のあり方は再編されつつあります。本研究は、この地域の牧畜社会における生業の再編過程を総合的に解析し、今後の開発=発展の方向性を示すことを目的としています。
アリアールは、ウシ牧畜民サンブルとラクダ牧畜民レンディーレの共生関係のなかで形成された集団です。複数の民族や集団が離合集散する歴史をもつ北ケニア地域では、こうした複合的で重層的なアイデンティティをもつ集団の存在は一般的です。複数の民族の混成集団であるアリアールの遊牧生産は、父系親族だけではなく姻族および他の集団・他民族の成員との互酬的関係によって成立していました。こうした傾向は、開発プロジェクトの影響で形成された調査対象地の集落においてとくに顕著で、これまで町に住んでいたアリアールやレンディーレの世帯が牧畜セクターに再参画するための受け皿となっていました。また市場経済への統合は、小家畜(ヤギ・ヒツジ)の経済的価値を高めると同時に牧民同士の家畜の交換を活性化させていました。その一方で、牧畜民の定住化によって土地や水場といった資源の囲い込みが進行し、さらに近年の民族主義の台頭によって、これまでは複合的・重層的だった牧畜民のアイデンティティが固定化しつつあります。こうした傾向は、これまでアリアールの遊牧生産を支えてきた越境的な家畜の交換や遊牧的な移動、そして集落間の移住を制限する要因となっています。すなわち、牧畜社会の今後の開発=発展のためには、北ケニア牧畜社会の歴史的な展開のなかで形成された他集団との互酬的関係の維持が重要であると考えています。
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